大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和46年(行ウ)19号 判決

原告 橋田貞之

被告 通産大臣 外一名

訴訟代理人 細川俊彦 外五名

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(昭和四六年行ウ第一九号事件について)

天塩国試掘権登録第七五四四号の鉱区にかかる施業案について昭和四四年一二月九日札幌通商産業局長がなした不受理処分に関する審査請求について、被告通産商産業大臣が昭和四六年八月三日付でなした審査請求を棄却するとの裁決を取消す。

訴訟費用は同被告の負担とする。

仮執行宣言。

(昭和四七年(行ウ)第七号事件について)

天塩国試掘権登録第七五四四号の鉱区に関し原告が昭和四四年六月一〇日届け出た施業案について被告札幌通商産業局長が昭和四四年一二月九日付でなした不受理処分を取消す。

訴訟費用は同被告の負担とする。

二  被告通商産業大臣

(本案前の申立)

本件訴えを却下する。

主文二頃と同旨。

(本案についての申立)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担する。

三  被告札幌通商産業局長

(本案前の申立)

本件訴えを却下する。

主文二項と同旨。

(本案についての申立)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  原告は天塩国試掘権登録第七五四四号のウランおよびトリウム鉱を目的とする鉱区にかかる試掘権者である。

2  原告は右試掘権に基づき昭和四四年六月一〇日被告札幌通商産業局長(以下単に被告通産局長という。)に対し施業案を届け出たが、同被告は同年一二月九日付で右施業案の不受理処分をした。

3  そこで、原告は、昭和四五年二月九日被告通商産業大臣(以下単に被告通産大臣という。)に対し右不受理処分に対する審査請求をしたが、同被告は昭和四六年八月三日付で右審査請求を棄却するとの裁決をした。

4  しかし試掘権に関する施業案については届出制がとられており、これを不受理とすることは不当である。

またウランおよびトウリム鉱が賦存すると判断して試掘権を設定しながら、事業の実施を認めないのは不当である。

さらに、右不受理処分において原告が本件施業案によつて掘採取得しようとするものがウランおよびトリウム鉱とは認められず鉱業法上の鉱物に該当しないとした判断には誤りがある。

よつて被告通産局長がなした本件施業案不受理処分は鉱業法三条、五条、六二条、六三条、六八条、一八三条、金属鉱山保安規則三条、憲法二九条に違反する違法な処分であり、右不受理処分に対する審査請求について被告通産大臣がなした審査請求棄却の裁決もまた同様である。

5  よつて被告通産大臣に対しては右裁決の、被告通産局長に対しては原処分の、各取消を求める。

二  被告通産大臣の本案前の抗弁ならびに本案に関する答弁および主張

1  本案前の抗弁

原告主張の試掘権は昭和四六年九月一日をもつて鉱業法一八条に定める存続期間が満了し、消滅した。なお、原告が昭和四六年七月三一日札幌通商産業局長に対し原告主張の試掘権を採掘権に変更するための採掘転願届をなしたことは原告の主張するとおりであるが、右出願をしたからといつて試掘権が期間満了後も存続したり、または法律上当然に採掘権に転換されるものではない。

ところで、施業案は、鉱業権者が鉱業を行なうためのものであるから、施業案届出をなしうる者は鉱業権者に限られる。

したがつて、原告の有した試掘権が右の如く消滅した以上原告において裁決の取消を求める法律上の利益はなく、被告通産大臣に対する本訴は却下を免れない。

なお、仮に原告の前記採掘転願が許可になつたとしても、現行法は試掘権と採掘権を一応別個の権利として扱つており、少なくとも施業案に関する限り、試掘権のそれと採掘権のそれとは目的・内容を異にするものであるから、新たに取得した採掘権によつて、本件の試掘権に関する施業案が、施業案としての効力を持続するものではなく、本件訴えの利益には消長を来たさない。

2  請求原因に対する答弁

請求原因1項のうち原告がその主張の如き試掘権者であつたことは認めるが、現に右試掘権を有することは否認する。同2、3項の事実は認める。同4項は争う。

3  本件裁決の適法性

被告通産大臣は、原告の審査請求につき札幌通商産業局長から弁明書の提出を求めるとともに、昭和四五年五月二六日聴問会を開催して原告の意見を聞くなど、鉱業法所定の手続のもとに慎重に審査したうえ、同局長のなした本件施業案不受理処分を正当と認めて、昭和四六年八月三日審査請求棄却の裁決をした。

したがつて被告通産大臣のなした本件裁決は適法である。原告は原不受理処分の違法または不当を主張するけれども、裁決取消の訴においては原処分の違法または不当を理由とすることは許されないから、原告の主張はそれ自体失当である。

三  被告通産局長の本案前の抗弁ならびに本案に関する答弁および主張

1  本案前の抗弁

原告主張の試掘権は昭和四六年九月一日をもつて鉱業法一八条に定める存続期間が満了し、消滅した。なお、原告が昭和四六年七月三一日被告通産局長に対し原告主張の試掘権を採掘権に変更するための採掘転願届をなしたことは原告の主張するとおりであるが、右出願をしたからといつて試掘権が期間満了後も存続したり、または法律上当然に採掘権に転換されるものではない。

ところで、施業案は、鉱業権者が鉱業を行なうためのものであるから、施業案届出をなしうる者は鉱業権者に限られる。

したがつて、原告の有した試掘権が右の如く消滅した以上、原告において施業案不受理処分の取消を求める法律上の利益はなく、被告通産局長に対する本訴は却下を免れない。

なお、仮に原告の前記採掘転願が許可になつたとしても、現行法は試掘権と採掘権を一応別個の権利として扱つており、少なくとも施業案に関する限り、試掘権のそれと採掘権のそれとは目的・内容を異にするものであるから、新たに取得した採掘権によつて、本件の試掘権に関する施業案が、施業案としての効力を持続するものではなく、本件訴えの利益には消長を来たさない。

2  請求原因に対する答弁

請求原因1項のうち原告がその主張の如き試掘権者であつたことは認めるが、現に右試掘権を有することは否認する。同2、3頃の事実は認める。同4頃は争う。

3  本件不受理処分の適法性

(一) 鉱業法六三条によれば鉱業権者は事業の着手前に通商産業局長に対し施業案を届け出なければならないが、施業案は鉱業実施の基本計画であり、これにより鉱物資源の保護、合理的開発および危害の防止等を行なわんとするものであるから、ただ単に通商産業局長に到達することにより届出としての効力を生ずるものではなく、通商産業局長において当該施業案が所定の方式を具備しているかどうか、その内容においても適法なものかどうかについて審査し、その結果適法かつ有効なものと認められた場合に限つて受理されるものである。

(二) 試掘権は、鉱物の有無、品質、稼行の可否を調査するためのもので、将来取得することあるべき採掘権の準備的行為を内容とする権利であるが、単なる試錐に止まらず、鉱物を掘採取得しうるものであるから、試掘権の目的たる鉱区から掘採される鉱物は鉱業法三条に列挙された未採掘のものであり、かつ経済的価値あるものであることを要する。

(三) 被告通産局長は原告から届出のあつた本件施業案を審査したところ、これに添付の試験成績書および分析成績報告書によると原告が掘採しようとする鉱物の含有値はウランにつき五PPM(〇・〇〇〇五パーセント)、トリウムにつき一PPM(〇・〇〇〇一パーセント)であつて、右鉱物が鉱業法三条に列挙するウランおよびトリウム鉱に該当するか否か、またその鉱物の品質等が経済的価値あるものか否か等について疑問がもたれたので、昭和四四年一〇月二八日原告立会のもとに現地調査を実施し、その際原告の指示に基づいて採取した試料五点の分析を工業技術院地質調査所に依頼した結果、ウランの含有値は〇・〇〇〇パーセント、トリウムの含有値は〇・〇〇パーセントで、日本工業規格で定める表示単位内では検出されなかつた。通常ウランおよびトリウム鉱から顕出されるウランおよびトリウムの含有値は日本工業規格の表示単位で最低〇・一パーセントないし〇・三パーセントであり、原告が右腕業案において年間一〇、〇〇〇立方メートルの堀採を予定しているウランおよびトリウム鉱は自然界で岩石中に一般に含有されているウランおよびトリウムの含有値と大差なく、とうてい鉱物としての経済的価値がないもので、鉱業法上のウランおよびトリウム鉱とはいえないのである。

(四) このため被告通産局長は本件施業案の不受理処分をしたのであつて、本処分にはなんらの違法がない。

四  被告両名の本案前の抗弁および被告通産局長の本案に関する主張に対する原告の主張

1  本件試掘権の存続期間が昭和四六年八日三一日の経過をもつて満了したことは被告ら主張のとおりであるが、原告は右期間満了前である昭和四六月七月三一日、被告通産局長に対し同一の鉱区および鉱物に関する採掘権の出願をしたもので、試掘権は右期間満了後も消滅せず、試掘権または採掘確として存続している。

また、被告らは試掘権に基づく施業案と採掘権に基づく旗業案とは目的・内容を異にすると主張するけれども、両者は目的・内容を同一にするものである。

したがつて、原告には本件各処分の取消を求める法律上の利益がある。

2(一)  被告通産局長には本件施薬案の届出を拒否する権限がない。

すなわち、通商産業局には本件鉱物に関する分析設備はなく、学理技術の指導員もいない有様で、同局には原告が掘採せんとする鉱物が鉱業法三条に規定するウランおよびトリウム鉱であるか否かを判定する能力はない。また日本工業規格は単なる取引上の目安にしかすぎず、右規格に達しなくても需要者側と供給者側の合意さえ成立すれば鉱物の取引は行なわれているのが実情であつて、経済的価値の有無は経済人たる原告ら業者の判断によるべきものである。

(二)  また被告通産局長の主張する試料の分析結果には誤りがあり、本件不受理処分は違法である。

(三)  よつて被告通産局長がなした本件施業案不受理処分および被告通産大臣がなした本件裁決はいずれも取消を免れない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  まず被告らの本案前の抗弁について判断する。

1  原告が天塩国試掘権登録第七五四四号のウランおよびトリウム鉱を目的とする鉱区にかかる試掘権者であつたこと、原告が右試掘権に基づき昭和四四年六月一〇日被告通産局長に対し施業案を届け出、同被告が同年一二月九日付でこれを不受理とする旨の処分をしたこと、原告は翌四五年二月九日被告通産大臣に対し右不受理処分に対する審査請求をしたが、同被告は昭和四六年八月三日付で右審査請求を棄却するとの裁決をしたこと、以上の事実は各当事者間に争いがない。

2  ところで、被告らは、原告の有した右試掘権が存続期間満了によつて消滅したので、右不受理処分および審査請求棄却の裁決の各取消を求める本訴は訴えの利益がないと主張する。

よつて按ずるに、鉱業法三条一項は試掘権者は事業に着手する前に省令で定める手続に従い施業案を定めこれを通商産業局長に届け出なければならないと定めており、同条四項によれば試掘権者が施業案を届け出ないで鉱業を行なうことは禁止され、この規定に違反した試掘権者は同法五五条二号により試掘権を取消され、または同法一九二条によつて一年以下の懲役または五万円以下の罰金に処せられるのである。してみれば、試掘権者に届出義務の課せられる施業案とは試掘権者をしてその権利に基づき目的とする鉱物を適法裡に掘採せしめることを目的とするものであつて、試掘権の権利内容実現の手段にすぎず、試掘権なくして施業案はなんら法律上の意味をもち得ないものというべきである。

したがつて、原告の有した前記試掘権が消滅したとするならば、原告にとつて前記被告通産局長のなした施業案不受理処分および被告通産大臣のなした右不受理処分に対する審査請求棄却の裁決の各取消を求める法律上の利益はないものといわなければならない。

3  そこで原告の有した前記試掘権が消滅したか否かについて判断するのに〈証拠省略〉によれば、原告の前記試掘権は昭和四二年九月一日設定の登録がなされ、鉱業法一八条一項によりその存続期間の終期は昭和四四年九月一日であつたところ、昭和四四年五月七日同法一八条二項による存続期間延長の申請がなされ、許可がなされた結果、存続期間は昭和四六年九月一日まで延長されたこと、しかしながら右昭和四六年九月一日の存続期間満了に際しては期間延長の申請がなされなかつたことがそれぞれ認められるから、原告の有した前記試掘権は昭和四六年九月一日の経過をもつて消滅したものといわなければならない。

(一)  原告は、右期間満了前の昭和四六年七月三一日、被告通産局長に対し本件試掘権と同一の鉱区および鉱物に関する採掘権の出願をしたから、本件試掘権は存続期間経過後も存続していると主張する。

しかして、原告がその主張の如き出願をした事実は各当事者間に争いがない。

しかしながら、鉱業法一八条は、試掘権の存続期間を登録の日から二年と定め、期間延長の許可がなされた場合を除き存続期間の満了によつて試掘権は消滅することを規定しており、同法中には試掘権者が試掘権の存続期間内に採掘権設定の出願をした場合存続期間満了後も試掘権が消滅しない旨を定める規定は存在しないのである。

(二)  もつとも、同法二〇条は、試掘権者が試掘権の存続期間中に期間延長申請をした場合、存続期間満了後も、右申請が拒否されるかまたは延長の登録がなされるまで、その試掘権は存続するものとみなしているが、これは、試掘権の延長事由存否の審査中に存続期間が満了し試掘権が消滅するのを防ぐためであつて、試掘権の存続期間満了による消滅の原則に対する唯一の例外であり、その立法趣旨は試掘権者の先願者としての優先権を保護することにあるのである。

ところで、試掘権の存続期間中に右の試掘鉱区と重複して試掘権者以外の第三者が採掘権設定の出願をした場合には、右出願は鉱業法三〇条によつて重複出願として不許可となるのであるが、試掘権者自ら試掘鉱区と重複して採掘権設定の出願をしても重複の理由をもつて不許可とされることはない(同法三〇条。同条は出願採掘地が「他人の鉱区」または「自己採掘鉱区」と重複するときは出願を不許可にすべきものとしているが、出願採掘地が「自己の試掘鉱区」と重複する場合を明らかに除外している。)。そして試掘権者が試掘権の存続期間中にこれと重複して採掘出願をしたところ、その後試掘権が消滅したのちに第三者から重複する採掘出願があつても、鉱業法の建前とする先願主義によつて試掘権者は採掘権の設定につき優先権を有するから(同法二七条一項)、試掘権者は試掘権の存続期間中にこれと重複して採掘出願をする限り、その後試掘権が消滅したとしても、これによつて試掘権者としての優先的な地位にはなんらの影響を受けないのである。

したがつて、鉱業法が試掘権者の採掘出願に関して同法二〇条に準じたみなし規定を置かなかつたのは当然であつて、同法二〇条をかかる場合に適用または類推適用すべき根拠は存在しないものといわなければならない。

4  以上の次第で、原告の前記試掘権は昭和四六年九月一日の経過とともに存続期間満了によつて消滅したものであり、原告は被告通産局長のなした本件施業案不受理処分および被告通産大臣がなしたこれに対する審査請求棄却の裁決の取消を求める法律上の利益を有しないのである。

原告は、この点に関し、更に、前記採掘権設定の出願にともない試掘権が期間満了後は採掘権として存続していると主張し、右採掘権に基づき本件各処分の取消を求める法律上の利益があると主張するけれども、鉱業法上、試掘権者が試掘権存続期間中に採掘権設定の出願をした場合、期間満了にともない当然に試掘権が採掘権に転換するとの規定は存しないし、仮に前記採掘出願について将来許可がなされたとしても、右採掘権に基づき鉱業を行なうためには新たに施業案の認可を受ける必要があり(鉱業法六三条二項)、この申請手続、処分の要件、処分の態様はいずれも試掘権に基づく施業案の場合と異なるうえ、試掘施業案にはない施業案変更勧告および変更命令の制度(同法一〇〇条)が定められているなど、試掘施業案と採掘施業案とは別物であり、代替性の認められないものであるから、将来取得するかもしれない採掘権によつては本件試掘施業案の受理を求める法律上の利益が認められないのである。

二  よつて本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋勝治 稲守孝夫 小田耕治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例